一般社団法人 日本植物生理学会 The Japanese Society of Plant Physiologists

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単葉のホオノキと複葉のトチノキの生理学的違い

質問者:   会社員   やまぶらぶら
登録番号4979   登録日:2021-02-07
定年前の事務系会社員です。高校時代から山を歩いていて今も山歩きをしています。定年後に社会貢献をしたくて、自然系の資格(森林インストラクター等)を取得しています。自然観察で子供達に教えたり、講習会などにも参加して勉強しています。更に深く知りたくなったら、いつも「みんなのひろば」を覗いて勉強させていただいています。
先日も単葉と複葉について観察会があって、一通りの説明は出来ているのですが、個人的には疑問が湧きましたでの、ぜひご教授いただければと思い始めて質問させていただきます。
「単葉から複葉は進化だ」とよく言われます。確かに光合成効率や光受容の効率など(登録4186)を考えるとなるほどと思いました。
でも、単葉のホオノキと複葉のトチノキは形状が似ていることもあり、光合成効率や光受容効率はそんなに差がないように思えます。葉腋が一つでそこから複数毎の葉っぱを出す複葉のトチノキの方が葉を造ったり切り離したりする方がエネルギー効率が良いのかなあという選択肢がありますが・・・葉腋が一つだろうと、単葉のように複数あろうと葉っぱの大きさが同じならエネルギーも同じになるのではと思ったりします。つまり、この2種の場合は「単葉から複葉へ進化した」という考えが当てはまらないのではないかと思う次第です。
そもその、「単葉から複葉は大きな進化の流れ」であって、違う仲間にはあてはまらないのでしょうか? 例えば、単葉のホオノキはモクレン目モクレン科という古い種なので、独自の進化を種内で遂げてきたとか、想像したりします。
こんな素人のモヤモヤを解決いただければ、たいへんありがたく思います。
よろしくお願いします。
やまぶらぶら 様

この質問コーナーに関心をお持ちくださりありがとうございます。今回の質問に関連するQ&A(登録番号4186)をお読みいただいてもまだモヤモヤが残るご様子なので、改めて、進化の視点から塚谷裕一先生(東京大学)、生理生態の視点から寺島一郎先生(東京大学)のご意見を頂戴しましたので、ご参考になさってください。なお、塚谷先生からのご説明で、複葉のメリットの一つとして「食害ダメージの波及範囲を小さくする」ことが、登録番号4186では触れられなかったこととして、加わりました。

【塚谷裕一先生からの回答】
結論から先に書いてしまいますと、どちらか片方がより優れている、進化している、ということはありません。
複葉のメリットとしては、食害があったときなどのダメージの波及範囲を小さい単位に留められる、ということがよく言われますが、ご指摘のようにサイズや形状がそっくりな単葉とならあまり違わないでしょう。
実際、複葉の形質は種子植物の系統で何度も進化していますが、単葉に戻ることもあります。
たとえばモデル植物のアブラナ科植物、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)では、いろいろな遺伝子の働きをいじってみても、切れ込みくらいはできたりしますが、ちゃんとした複葉にはなりません。ところが同じ属の近縁種のミヤマハタザオ(Arabidopsis lyrata)は複葉に近い形の葉ですし、さらに近縁属のミチタネツケバナ(Cardamine hirsuta)はきれいな複葉です。またミチタネツケバナは突然変異で単葉にもなります。またこれらのさらに祖先系統にあたるAethionema属は単葉です。
これまでの解析によると、Aethionema属を含む祖先系統からCardamine属が分岐する間に、RCOという遺伝子が生まれ、これを使ってCardamine属は複葉を作る能力を獲得したようなのです。ところが、その後シロイヌナズナ属が生まれたのち、ミヤマハタザオでは依然として複葉に近い形の葉を作れる状態に残ったのですが、シロイヌナズナという種が進化するまでの間にRCO遺伝子を失って、複葉から単葉に戻ったようです。
そういうわけですので、単葉から複葉に進化するばかりではなく、複葉から単葉に進化することもあります。どちらが有利であるかは、ご指摘のようにケース・バイ・ケースなので、一般化して言うのがそもそも間違い、ということになります。


【寺島一郎先生からの回答】
登録番号4186のQ&Aの補足説明になりますが:
トチノキの場合は、登録番号4186で示した(使い捨て、安普請の枝として-大きな複葉をつくるタラノキ、センダン、カラスザンショウなどは、明るい場所を好む先駆樹種で、成長が速いことが知られています。成長が速いので立派な枝を作っても、すぐに自身の樹冠の影になります。したがって、立派な枝をつくっても無駄になります。この様な樹種の複葉は使い捨ての「枝」の役割をはたしていると解釈できます(Givnish1979)。・・立派な枝をつくるための投資を避け、光を求めて上へ伸びることへ投資をまわす・・) が当てはまると思います。トチノキは先駆樹種ではありませんが、渓畔林などによく見られる成長の速い樹木です。大きな種子から発芽する芽生も大きく、発芽後2週間で 40 cmの高さにもなるようです。
参照:(星崎和彦氏による、http://www.akita-pu.ac.jp/bioresource/dbe/forest/hoshi/reprint/Hoshizaki_2009_Aesculus_BotanicalHistoryJapanBook.pdf
この速度は先駆樹種ともいい勝負ですね。立派な枝をつくってその周りに単葉をつけるよりも、使い捨ての枝としての複葉を作り、すくすくと林冠に到達する成長様式をしています。時として大木になりますが、渓畔林のまっすぐに伸びた幹は印象的です。近縁種のマロニエの樹形もまっすぐで街路樹にもってこいです。
塚谷 裕一/寺島 一郎(東京大学大学院理学系研究科生物科学/東京大学大学院理学系研究科生物科学)
JSPPサイエンスアドバイザー
佐藤 公行
回答日:2021-02-22
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